2009年11月 2日
スニーカー
スニーカーが流行しだしたのは、1970年代後期のことである。それまで若者は、キャンバス地や堅い革のスポーツシューズ
を好んで履いていたが、一気にスニーカー一色となった。きっかけとしては、アメリカでNBAが1976年にABAから4チームを
迎え入れ、それを機に各靴メーカーが大々的にマーケットを広げたことが挙げられる。
1980年代、NBAの一大スターマイケル・ジョーダン (Michael Jordan) のスポンサーであったナイキが、彼をスポークスマ
ンとしてバスケットシューズの新ラインを発表・販売。当時のエアージョーダン (Air Jordan) は、100ドルという当時で
は高価であったにも拘らず、アメリカの販売店では長蛇の列ができ飛ぶ様に売れた。そのコレクション性から、日本ではコ
レクターの間で何万、何十万という値段が付いた。その高額さゆえに、アメリカの低所得地域などではエアジョーダンを奪
うために傷害や殺人事件が起きている。エアジョーダン以外にも、その他有名ブランドのスニーカーに関しても、似たよう
な事件は後を絶たない。
1990年代、ナイキやリーボックを筆頭にハイテクスニーカーブームが到来。スニーカー専門のファッション雑誌も登場し、
流行のスニーカーは盗難が続出、社会現象ともなった。その中でもナイキ・エアマックス95 (AIR MAX 95)やリーボック・
インスタ・ポンプ・フューリー は90年代のハイテクスニーカーブームを象徴する存在と言える。
2000年代に入ると、ローテク、ミッドテクスニーカーが主流となる。ナイキではエアフォース1、ダンクなどが定番として
の地位を確立、アディダスではスーパースター、スタンスミスなどが定番として履かれるようになった。また、DCSHOE、
VANSに代表されるスケートボードに特化したスニーカーも人気がある。これに加え、コンバースのオールスターなど、昔な
がらのキャンバス地スニーカーも根強い人気がある(レザー製スニーカーに比べ安価なのも理由に挙げられる)。
生産国
ノーブランドの安価なスニーカーから有名ブランドの高級スニーカーまで、スニーカー全般を多数生産している国は中華人
民共和国である。また、ベトナムなどの東南アジア諸国でも生産されている。ナイキについては、東南アジアのスニーカー
生産工場での児童労働や、工場内でのセクハラが明るみに出て一時期大規模な不買運動を起こされたことがある。
『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
最近、スニーカーって本当に安く手に入るようになりましたね。
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